九州悪党三国志 〜戦国悪人列伝 その弐〜

九州男児と言えば、一本気で逞しく、酒豪である!と豪傑な男を想像します。「立花道雪」「高橋紹運」「島津家久」「島津義弘」といった九州男児の典型とも言える男達が歴史の表舞台で活躍する裏で、おもろい九州男児が多いことも事実です。今回はそういった九州男児の残念な部分を紹介します。

ぼじぃ市松前回から間が空いたけど、悪人列伝シリーズやるぞ!今度は九州編だ。やっぱすごいよな戦国九州三国志。

めがね治部少輔前半は地味だろー。前半の争い少弐氏と大内氏と大友氏の初期三国時代っていっても、いまでいう福岡・大分・佐賀・長崎の一部と小さいエリアでの覇権争い。今川了俊が務めた最重要ポスト”九州探題”があるのに、歴代の九州探題家 “渋川氏” 全然目立ってないし

ぼじぃ市松目立たないうちに滅亡…。まぁでも中期はわりと有名じゃないか?大友・毛利・龍造寺。まぁこれも九州北部のあらそいだけど。ところで島津、いつまでちんまい争いしてんだよ!

めがね治部少輔後期が有名な、島津・大友・龍造寺だな。それまでは本州の影響が残っていたが、ここからは九州男児の漢(ヲトコ)争奪戦だしな。 “九州悪党三国志 〜戦国悪人列伝 その弐〜” の続きを読む

花のお江戸の珍事件。太平の江戸時代にもこんな事件 その1

徳川幕府が政権を握っていた江戸時代。世界史的に見ても大変優秀な政権でして、260年以上にもわたって、日本史上稀に見る太平の時代となります。
が、しかし。世に何も起こらず、ただ太平をむさぼっていたわけではございませぬ。そこはそれ、太平の世の中ならでは事件も起こっているわけです。現代とは文化・風習が違うわけですから、庶民間では、今では考えられない事件・犯罪も起きていたわけですが。

めがね治部少輔いやぁ、江戸時代は、基本的には本当に平和な時代だっただろうな。庶民に圧政を敷いたケースもなくはないけど、中国やヨーロッパの歴史と比べたら、全然常識の範疇だし。今でいう人権も保たれてはいるし。いわゆる奴隷制度もないし。賤民層にも専有職が保証されるなど、優しい時代だ。

ぼじぃ市松庶民の間での犯罪や事件は、今と変わらず多かったと思うが、「殺傷」事件はめちゃくちゃ少なかったらしいしな。政治犯罪つーか、幕府が大々的に介入するほどの大事件も少ないんじゃないか?

めがね治部少輔有名どころでは、「島原の乱」「元禄赤穂事件(忠臣蔵)」「大塩平八郎の乱」「桜田門外の変」とかいったところかなぁ。
ただ、そんなに有名じゃないだけで、それなりに政治犯罪クラスの事件もあるよ。教科書には載らない程度に地味なのものだけど。

ぼじぃ市松で、あるか。あと、各藩でのお家騒動も事件としていっぱいあるし。
まぁ、戦国期と幕末期の、日本全体的なオラオラ感が派手すぎて、地味に見えてしまうのはしょーがないですな。

めがね治部少輔今回はちょっと真面目に、教科書では扱わない江戸期の珍事件をご紹介。大きめの事件、政治犯罪関連の事件だけ紹介しますね。。お家騒動、仇討ち、庶民間の事件は除きますね。いっぱいありすぎるので。 “花のお江戸の珍事件。太平の江戸時代にもこんな事件 その1” の続きを読む

今どき切支丹は、クールな洗礼名で自分らしさを演出(笑)

キリシタン武将列伝
スペインの宣教師、フランシスコ・ザビエルが伝来して以来、戦国の人々を魅了し続けてきた「キリスト教」。正確には「カトリック」。織豊期には九州地方を中心に、大名、武士、平民たるまで一気に広まり、「切支丹(キリシタン)」が増殖しました。そんな当時の有識者層を魅了したキリスト教。クリスマスも近いということで、キリシタン武将たちに注目してみました。

めがね治部少輔キリシタンということですが、信仰が厚い方もいれば、なんとなく入信してみました、的なお方もいらっしゃいますな。

ぼじぃ市松まー、当時の流行ものだしな。未知の世界への接点を持つということで、手っ取り早かったのもあるだろ。
信長とか、大内義隆とか、そんな感じでしょ。この人ら、洗礼受けてないけど。秀吉も、最初はおもしろがってた様子だし。

めがね治部少輔黒田官兵衛さんなんか、適当に入信して、適当に棄教したっぽいしな。「ボスがダメって言うしさ、思ったよりメリットないなぁ」な感じ。

ぼじぃ市松のめり込んで、大名という身分さえ捨てる人もいるけどな。
でも、洗礼名が欲しいから、って入った人もいたりするのかね? 舶来の氏姓じゃん!なんか、かっけーし。って。

めがね治部少輔ビジュアル系のロックバンドのメンバー名みたいな感じで? いるかもしれんの。
では、どんなキリシタンな方々がいるか、まとめてみるかの。クリスマスシーズンならでは。 “今どき切支丹は、クールな洗礼名で自分らしさを演出(笑)” の続きを読む