思わずツッコんでしまう武将たちの肖像画 10選 (10位〜6位)

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現在に残された、数々の武将の肖像画。それらを見ることで、われわれも、戦国時代の息吹を感じることができるのです。ありがたや、眼福にござりまする。
しかし、そこはほら、400年も前の絵画だったりするわけで、現代美術に慣れた目で見ると突っ込みどころもたくさんあるわけです。ということで、どうしても突っ込みたくなる肖像画のトップ10を、誠に勝手ながら選んでみました!
(すっとばして、5位〜1位はこちらでご覧いただけますぞ!!)

ぼじぃ市松武将の肖像画って、教科書にも載ってるし、誰でも見たことあるのも多いしな。信長、秀吉、家康、信玄あたりは誰でも知ってる。

めがね治部少輔肖像画見ると、急に親近感湧くよね。その武将に。あー、こんな顔してたのか、とか、こういう印象だったのか、悪そな顔してはりますなぁ、的な。

ぼじぃ市松そだな。みなさんにも親近感を持って突っ込んでいただきたく。
ということで、歴史雑談録が突っ込まずにはいられなかった武将の肖像画トップ10をまとめましたー。

めがね治部少輔長くなってしまったので、前後編の2回に分けるわ。
では、10位から6位まで、どうぞー。


第10位 小早川秀秋さん

小早川秀秋

ご存知、関ヶ原の戦いの主人公。ノーベル関ヶ原賞受賞者。
有名なこの絵、たまらん表情してます。いかにも暗愚。
描いた人、金吾さんのこと絶対バカにしてるだろ。この顔の描き方は絶対そうだ、分かるもんね。

元は豊臣秀吉の正室ねねの甥っ子で、後に小早川隆景の養子となりました。秀吉ははじめ、この秀秋を毛利宗家の養子に、と考えていましたが、「あわわ!毛利終わっちゃう!これやばい!」と思った隆景が小早川家への養子縁組を受け取りました。
関ヶ原での裏切り後、「人面獣心なり。三年の間に祟りをなさん」と言いながら切腹した、大谷吉継の祟りによって、すぐに死んでしまいます。吉継マジこえー。
で、隆景の予想通り、秀秋の後は小早川家は断絶。南無ー。


第9位 大内義隆さん

大内義隆

いや、別にこの絵自体、変でも何でもないんですがね。
なんか口の周りだけ色が剥げて、変色してるんですね。
義隆LOVEな人が所有してて、夜な夜な、この絵の口元にチュッチュしたんじゃぁないかと想像したら、あまりに気持ち悪かったので。

和歌や連歌などに長けた文化人であり、フランシスコ・ザビエルによるキリスト教布教を推進するなど開明的な方でした。ただ、衆道(男色)がすごくすごーく好きな方でして、そのザビエルに衆道のことをメタメタに説教されると(キリスト教では男色は大罪)、「うるせー!このハゲ!」と言って二度と会わなかったそうです。
あと、寵愛して、抱きまくっていた陶晴賢に謀反を起こされ、死亡。恋のもつれでしょうかね?


第8位 大友宗麟さん

大友宗麟

ドン・フランシスコなキリスト教マニア。この絵も、全然変じゃないです。
が、なんで袈裟着てるんでしょうかね?「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」っていうじゃないですか。宗麟って領内の神社仏閣をボコボコに破壊するしてるじゃないですか。なんで?と思ったので。まぁ、洗礼を受けたのが48歳のときなので、それ以前に描かれた肖像画なんでしょうか。昔の自分のファッションを見て、こっ恥ずかしくなる感じですよ、きっと。

九州豊後の戦国大名。大友ドン・フランシスコ宗麟。Mr.キリシタン。いろいろとダメダメな逸話が多すぎるので書ききれないが、そのダメっぷりはもはやレジェンド。家臣の妻を略奪したり、毎日宴会して立花道雪に説教されたりと、自堕落大名のテンプレートのような方です。
ただ、立花道雪・宗茂、高橋紹運など非常に優秀な忠臣に恵まれていたりと、妙に好かれるのが永遠の謎。


第7位 小堀遠州さん

小堀遠州

アーティストKOBORIならではのこのポージング。片肌を脱いだセクシーな身なり。斜に構えたアンニュイな表情。
いやいやいや、じじぃ、気持ち悪いよw アーティストだからって、これはない。
自分のじいちゃんが、こんなポーズで写真撮ってたら、ドン引きだぜ。普通。

造園師、建築家、茶人として有名なスーパーアーティスト。茶の湯は、古田織部に師事。
はじめ、豊臣秀長の小姓として仕え、秀吉の直臣を経て、家康に仕える。その後、家康の居城となる駿府城の普請奉行となり、修築の功により従五位下遠江守に叙任
芸術面では著名なんだけど、戦国大名としては何の面白みもない人っぽいんですよねー。
他の茶人(師匠の織部さんや細川三斎さん)みたいに、パンクな逸話もないようですし。


第6位 佐竹義宣さん

佐竹義宣

この絵、全身甲冑じゃないですか。頬当てまでしてるから、顔も分からない。これ、肖像画の意味あるんでしょうか? 佐竹さんだ、って分かるところって、胴のところの家紋くらいじゃないですか。強さを象徴したんでしょうが、あまりにパーソナリティを無視しすぎて、変だってw
個性を重視する現代の教育方針には不向きな肖像画ですよ!お母さん!

鬼義重こと、佐竹義重の息子さんです。伊達政宗のいとこでもあります。お父さんの方が有名ですかね。
石田三成と大変仲がよく、加藤清正らの三成襲撃事件の時は、家康と一緒に助け出したりしています。「治部が死んでは生き甲斐がない」とまで言ったほど。その仲の良さから、関ヶ原では西軍寄りに。その後は、父義重の懇願で、なんとか秋田藩に転封で済みました。
この肖像画、お父さんの義重の方が似合いそうな気がするんですがね。どうですか?


めがね治部少輔さて、10位から6位まで、一気に突っ込みましたが。各武将の紹介文、かなり礼を失している書き方だな。まー、いいか。
みなさん、異論だらけだろうが、ガマンしてつかーさいw

ぼじぃ市松衣冠束帯の肖像画は、ほぼ、その武将の死後に供養のため描かれたものだけどな、大友宗麟のはどうなんだろう?

めがね治部少輔宗麟の死後に描かれたのなら、ほんと、なんで袈裟着てんのか不思議だなぁ。
あ、絵を描かせた家臣団が、キリシタンじゃなかったからかな?

ぼじぃ市松あー、それもあるかも。
全体的には、まぁ、10位から6位ってだけあって、絵的に変!てのは少ないな。

めがね治部少輔佐竹義宣なんて、絵的には超かっこいいしな。

ぼじぃ市松しかし佐竹さん、顔も描かせないなんて、とんだシャイボーイだぜ!

めがね治部少輔ということで、次回は、5位〜1位です。しばしお待ちを!

(すっとばして、5位〜1位はこちらでご覧いただけますぞ!!)

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