なぜ、駕篭に車輪を付けないのだ? 車輪は昔からあるだろう。

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鎖国令によって日本の文化、民族性を守ったと言われる江戸時代。元禄文化などの日の本の国独特の文化を育んだ時代でもあります。文化はその独自性に磨きをかけたが、技術は停滞させた時代。
ただですね、どうにも納得のいかない、なんで発展してないの? 的なものもあるわけでして。

ぼじぃ市松技術ってさー、時代の推移において進化や合理化するもんだよなぁ。

めがね治部少輔文明の進化による退廃、滅亡の必然性ってなら、そうとは言えないんじゃん。

ぼじぃ市松いやいや、そういう哲学的なのではなくて、一般的にね、車の発明→エコカーブーム的なさぁ。

めがね治部少輔何が言いたいのかまったく分からんが、レシプロ機→ジェットエンジンという事か?

ぼじぃ市松そうそう!! そういうこと。
それがさぁ、我が国と来たら、大まかに見て、
牛車→乗馬→駕篭」?
絶対間違ってると思うんだよなぁ。なんで、だんだん人力に頼る方向にいくわけ?

めがね治部少輔あー、不思議だ、それ。
なんで、よりしんどい方に持っていくのか?
牛車は、公家専用ザクだとして、おいといても、車輪は昔からあったわけだ
江戸時代は馬車や大八車の街道での利用を禁止していたらしいけど、兵站的な機動力を押さえようとする江戸の防衛策が理由だとしても、江戸市中とか都市の範囲で利用しないのはおかしい気がするわな。

駕籠(かご)は、人を乗せて人力で運ぶ乗り物のこと。人が座る部分を一本の棒に吊し、複数人で棒を前後から担いで運ぶ。
人が座る部分は、竹製の簡易な籠状のものや(これが駕籠の語源でもある)、木製の箱状のものなどである。英語ではpalanquinが当てられる。また引き戸がついているものは特に乗物と呼んだ。

Wikipedia「駕籠」より

ぼじぃ市松せめて、人力車ってなかったの?
車輪は無礼だったのか?
明治以降の人力車をイメージして、町人が武士よりも高い位置で運ばれるのが無礼千万っていうなら、駕籠舁きだって十分無礼だろ! 褌一丁で運んでいくんだぜ。ケツ丸出し。

めがね治部少輔頭が高い!、と。乗ってる人より駕籠舁きの方が頭が高いしな。ケツ出してるしな。
あ、人力車、明治時代の発明らしいよ。遅いよなぁ。それまで何してたんだ? 駕篭業者は。

ぼじぃ市松車輪を使えるのに使わないという技術の停滞(?)が、江戸時代の不思議なんだよ。俺的に。

めがね治部少輔造船の技術も停滞したし。江戸時代で。
500石以上の船の建造禁止の寛永令といい、幕府も他藩他にビビり過ぎ。さすがビビリスト神君家康公の血統。

(寛永令とは三代将軍徳川家光在位時に林羅山が起草した武家諸法度第2版。19条からなり、参勤交代や上記の建造船の制限等を明文化した武家統制の為の法令)

ぼじぃ市松船の話なら、司馬遼太郎の「菜の花の沖」に詳しいな。読んどけよ。
んで、ケツの話。人運ぶのにケツ見せるってのは、無礼にあたらんのかな。

めがね治部少輔封建社会ってイビツ。なにが礼をもっていて、なにが礼を失するのか。
あと、駕篭、めちゃくちゃ酔うらしいぞ、ひどいときには舌を噛むらしいし。殺人未遂だ。

ぼじぃ市松そりゃ1本の棒に吊るされているだし、人が担いで歩く(走る)んだから縦揺れ、横揺れダブル攻撃だわな。
天正大地震もびっくりな。

(天正大地震で一族郎党全滅という大技を披露した内ヶ島氏については、こちらの記事からどうぞ)

めがね治部少輔車輪がさ、発明されてないってんなら理解ができるんだけど
わざわざ車輪があるにも関わらず、担ぎます、て。揺られます、て。
どんだけストイックなんだよー、日本人!
担ぐ方も、乗る方も、真性マゾか? え?

ぼじぃ市松運ぶ人も大変、運ばれる人も大変。しかも二人で一人を運ぶ非効率さ。
江戸時代の人はそんなに担がれたかったんかね。

めがね治部少輔人を褒めたり、推すことを「担ぐ」っていうしな。これは語源は輿か。そうか。

ぼじぃ市松駕篭。
それは、車輪をあえて使わない、ジャパニーズ移動手段。
いわゆる「車輪の再発明」。
それをしないのが大和魂。極東クオリティ。

めがね治部少輔人の移動手段に車輪を使わなかった理由はあるのか?
そういう「文化」で片付けられるん?
詳しい人、いたら教えてください!

ぼじぃ市松今回、いつもよりグダグダですな。

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なぜ、駕篭に車輪を付けないのだ? 車輪は昔からあるだろう。” への7件のコメント

  1. ピンバック: Tweets that mention なぜ、駕篭に車輪を付けないのだ? 車輪は昔からあるだろう。 | 歴史雑談録 -- Topsy.com

  2. 江戸時代は、馬に乗るといっても移動速度は人の歩みと同じだったそうです。なぜなら、馬子がひいて歩くスピードと同じだから……。馬に乗ってスピード出すのは基本的に禁止だったようです。
    速さにおいても、江戸時代では停滞していたみたいですね。

    • ほほー。そうだったんですねー。てことは、駕篭屋が走ってスピードを出すのはOKだったんですね。やっぱり変な時代ですよねww

  3. 今日、物流博物館に行ってきたのですが、ウンチクとして聞いた話によると、「明らかに車輪のほうが人件費的にも安く便利だから」禁止だったようです。飛脚制度を守るためということらしいですが、思いっきり官民癒着ですね。(※)現在においても全国の道路は基本的にクルマの通行は禁止されており、条件付きで認められてるそうです。

    ※のソースは未確認ですので念のため

  4. 追記失礼します

    「陸上における大量輸送手段の開発は行われていない状態であった。それは政治的,軍事的理由による統制が,このような輸送手段の開発を阻害していたからであった。街道における車の禁止,大きな河川における架橋の禁止など…」

    ちょっと見つけたので。

    http://d-arch.ide.go.jp/je_archive/society/wp_unu_jpn12.html
    (日本貿易機構HP論文より)

  5. なんと!やっぱり車輪の方が人件費的にも安くて便利だったんですね。いやぁ官民癒着は今も昔も変わらないんですねぇ。
    しっかし技術があっても使わないというのは本当に意味がわかりません….

  6. 車輪が移動に使われなかったのは、この時代の路面があまり整地されていなかったからないのでは?と思いました。

    仮に街中の移動は車輪移動(車)が成立したとします。
    しかし、街と街を移動する際は、山越え(山がやたらと多い国なので…)することになり悪路を強いられたのではと思います。
    ※車輪(押し車など)は、ある程度舗装された街や村の中(近距離)のみで使用していたのではないかと思います

    「路面状態が悪いことを克服する運搬手段」のこと考えると、4足歩行のロボット「Big dog」を思い出します。
    【動画】
    http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=W1czBcnX1Ww#!

    4足歩行のロボットが悪路における機動性のために車輪を捨てたのなら、飛脚はすでに先に行ってたのでは、と思いました。
    【動画】
    http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=mXI4WWhPn-U

    こんな感じで。

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